前回は経営者自身の退職金準備として小規模企業共済とiDeCoを比較しました。今回は視点を変え、従業員向けの退職金制度である中小企業退職金共済(中退共)・企業型確定拠出年金(企業型DC)・企業型確定給付年金(企業型DB)の3つを比較します。
従業員の退職金、中退共・企業型DC・企業型DBはどう選ぶ? 会社規模別おすすめ診断
「うちの規模だと、どの制度が現実的なのか」
第2回記事で6つの制度の全体像をお伝えしましたが、実際に導入を検討する段階になると「結局うちの会社規模だとどれが現実的なのか」という疑問に行き着きます。今回はその判断軸を整理します。
3制度の基本を並べて見る
| 項目 | 中退共 | 企業型DC | 企業型DB |
| 制度の性格 | 国の外部積立共済 | 確定拠出 (運用は従業員の判断 | 確定給付 (会社が給付額を約束) |
| 掛金負担 | 会社が全額負担 | 会社が拠出 (選択制なら従業員も可) | 会社が全額負担 |
| 運用リスク | 国(共済)が運用 会社に追加負担なし | 従業員が運用 結果は従業員が負う | 会社が運用 不足時は会社が追加拠出 |
| 導入・維持コスト | 掛金以外のコストは不要 | 制度設計・運営管理費用 | 制度設計・運営管理費用(数理計算費用含む) |
| 数理計算 | 不要 | 不要 掛金額を確定させる仕組みのため | 必要 将来の給付額を約束するため |
| 助成制度 | 新規加入時・掛金増額時に国の助成あり | なし | なし |
| 転職時の資産の持ち運び(移換・引継ぎ) | 通算制度によりほぼ問題なく引き継げる | iDeCoなどへの移換により引き継げる | 会社の規約に定めがある場合に限られ、引継ぎは限定的 |
大きな違いは
・運用リスクを誰が負うか
・会社の維持コスト
の2点です。
中退共は掛金以外の直接コストが発生せず、会社の事務負担も軽い制度です。
企業型DCと企業型DBは、いずれも「制度設計・運営管理費用」が必要という点では共通していますが、DBはこれに加えて、将来の給付額を約束する仕組み上、数理計算費用という専門的なコストが上乗せされます。
この費用は専門機関に支払うものですが、支払うのはあくまで会社であり、計算結果によって掛金の引き上げなどの経営判断を迫られるのも会社である点に注意が必要です。
なお、「移換」とは年金資産を別の制度へ移し替える法律用語で、日常的には「引継ぎ」と言い換えるとイメージしやすくなります。
中退共・企業型DCは比較的スムーズに引き継げる一方、企業型DBは会社の規約に移換を認める定めがなければ引き継げず、他制度への通算も仕組みが複雑なため「限定的」とされています。
数理計算とは何をしているのか
「数理計算」と言われてもピンとこない方が多いと思いますので、噛み砕いて説明します。DBは「勤続30年なら退職金2,000万円」というように、将来の給付額を会社があらかじめ約束する制度です。この約束を守るために、
- 今後の運用でどれくらいの利回りが見込めるか
- 従業員の給与が今後どれくらい伸びるか
- 途中で退職する人がどれくらいいるか
- 何歳まで在籍するか
といった複数の予測要素を組み合わせて、「今、いくら積み立てておけば将来の約束を果たせるか」を逆算する専門的な計算のことを数理計算と呼びます。
生命保険会社が保険料を計算する仕組みと考え方はよく似ています。DCは「毎月いくら拠出するか」という掛金額さえ決めれば会社の役割は終わり、その先の運用成績は従業員が負うため、この逆算作業自体が発生しません。
DBに数理計算が必要なのは、まさに「給付額を確定させる」という制度の性格そのものに理由があります。
数理計算費用は誰が・どこに・どんな名目で支払うのか
数理計算は「年金数理人」という専門資格を持つ人が行いますが、多くの場合、会社が直接この年金数理人と契約するわけではありません。実務上は次のいずれかの方法で費用を負担します。
- 規約型(自社単独でDBを設立す場合) 制度の運用を委託する信託銀行や生命保険会社との契約の中に、数理計算業務を含む「業務委託費用(事務手数料)」として組み込まれ、そこへまとめて支払うのが一般的です。
- 総合型(複数の会社が共同でDB基金に加入する場合)基金の運営費用をまかなうための「事務費掛金」という名目で、加入している基金に対して支払います。
いずれの場合も、会社が数理計算費用だけを単独で年金数理人に振り込むというより、制度全体の運営委託費の一部として、受託機関(信託銀行・生命保険会社)や加入する企業年金基金に支払うというのが実務上の基本です。
金額の目安としては、自社単独でDBを設立する規約型の場合、制度設計や運営の規模にもよりますが、年間で数十万円から、企業規模によっては数百万円程度の運営コストがかかるとされています。
一方、複数の中小企業が共同で加入する総合型DB基金であれば、事務手続きの多くを基金側がまとめて代行してくれる分、1社あたりの負担は規約型より抑えられる傾向にあります。
小規模企業がDBを検討する場合は、自社単独の規約型よりも、まず総合型基金への加入を選択肢に入れて比較検討することをお勧めします。
会社規模別に考える現実的な選択肢
制度選びは従業員数だけで機械的に決まるものではなく、経営者・従業員の意識や事務負担への許容度も重要な判断材料になります。以下は、あくまで実務上の目安としてご覧ください。
退職金制度が全くない小規模企業(目安:従業員10名未満)
まず検討すべきは中退共です。手続きが簡便で、新規加入時には国の助成(掛金の一部を一定期間助成)も受けられ、掛金以外の直接コストがかからないため、「退職金制度を持つこと自体」への心理的・実務的ハードルが最も低い選択肢です。
第1回記事で触れた「内部留保からの支給が大変」という課題への、最も取り組みやすい第一歩といえます。
なお「10名未満」という目安は、労働基準法上、就業規則の作成・届出義務が生じる基準(常時10名以上)と重なる水準です。
組織の仕組みが一定程度システム化される節目として使われることが多いですが、実際には人数そのものより、経営者や従業員の退職金制度に対する意識、事務負担をどこまで許容できるかという実態の方が重要な判断材料です。
福利厚生を強化し、採用力を高めたい段階(目安:従業員10〜30名程度)
中退共に加えて企業型DC(選択制)を検討する段階です。選択制DCは、給与の一部を「退職金として積み立てるか、給与として受け取るか」を従業員自身が選べる仕組みで、会社の追加負担を抑えながら福利厚生を充実させられます。社会保険料の算定基礎からも外れるため、会社・従業員双方にとって社会保険料負担軽減のメリットもあります。
ただし、企業型DCの採用は必ずしも「10〜30名」という人数だけで区切れるものではなく、近年は一人社長の会社が導入するケースも増えています。従業員数はあくまで目安とお考えください。
投資教育について「手間がかかる」という印象を持たれがちですが、実際には運営管理機関(取扱業者)が研修用動画や資料の提供、講師派遣などのサポートを行うケースが一般的です。
ただし、法令上「従業員への投資教育」は会社の義務とされているため、業者が実務を代行してくれても、実施の場を設け受講状況を管理する「実施主体としての責任」は会社に残ります。
人事制度を体系的に整備したい段階(目安:従業員30名超)
福利厚生強化期の延長として企業型DCを本格導入し、役職・等級に連動した本格的な人事・賃金制度へ組み込んでいく段階です。従業員数が一定規模になることで、投資教育の実施体制やコールセンター対応など制度運営コストにスケールメリットが出やすくなる点が、10〜30名程度の段階との違いです。
業績が安定し、給付額を確定して約束できる会社
企業型DBの検討余地が出てきます。DBは会社が従業員に「将来の給付額」を約束する制度であるため、運用がうまくいかなかった場合には不足分を会社が追加拠出で穴埋めしなければなりません。
これは予測できない支出に耐えうる資金繰りの安定性が前提となる、いわば無限責任に近いリスクです。
加えて、数理計算費用を含む委託費用が恒常的に発生する点も踏まえると、小規模企業が自社単独(規約型)で導入するハードルは他の2制度より高いといえます。
複数社が共同で加入する総合型DB基金であれば費用負担を抑えられる余地はありますが、それでも中退共や企業型DCに比べて、会社が背負うリスクの性質そのものが異なる点は変わりません。
併用という選択肢
これら3制度は排他的なものではありません。実務上多いのは、中退共を基礎とし、余力に応じて企業型DC(選択制)を上乗せするという組み合わせです。
中退共で最低限の退職金基盤を確保しつつ、企業型DCで従業員が自ら資産形成に関与できる仕組みを追加することで、会社の負担を抑えながら制度の厚みを持たせることができます。
制度選びで見落としがちな視点
制度比較というと掛金や税制ばかりに目が行きがちですが、実務上重要なのは従業員にどう伝わるかです。同じ掛金を拠出していても、「退職金制度がある」という事実を採用時・入社後に明確に伝えられているかどうかで、定着率への効果は大きく変わります。制度導入と同時に、就業規則や採用ページへの明記、入社時の説明資料の整備までセットで検討することをお勧めします。
まとめ
- 中退共は掛金以外の直接コストがかからず、退職金制度がない会社の第一歩に適している
- 企業型DCとDBはいずれも制度設計・運営管理費用が必要だが、DBはこれに数理計算費用が加わる
- 数理計算はDB特有のもので、将来の給付額を約束する仕組みゆえに必要となる
- 数理計算費用は会社が信託銀行・生命保険会社や加入基金への業務委託費用・事務費掛金として支払い、規約型で年間数十万〜数百万円、総合型基金なら共同運営でコストを抑えられる傾向
- 会社規模はあくまで目安であり、経営者・従業員の意識や事務負担への許容度も重要な判断材料
- DBは会社が追加拠出義務という無限責任に近いリスクを負うため、体力のある会社向け
自社の規模・業績・従業員構成、そして社内の意識の実態を踏まえてどの組み合わせが最適か、具体的な制度設計をご希望の方は、個別相談にて試算をご提案いたします。
